わんこよもっと頑張って
「私の隊に志願してくれた事をとても嬉しく光栄に思う。いきなりだが我が隊には細かい規則はないかわりに
絶対の掟がある。それは他人を思いやる事、仲間同士で助け合う事、戦場以外でも略奪強姦その他人に悖る
行為をしようものなら私直々に制裁をするし離隊してもらう。しかし掟さえ破らなければ私は死ぬまでお前達の
味方であり責任者であろう。皆がついてきてくれるよう私も日々精進するからこれからよろしく頼む。」
解散を告げられてもケ芝は口をぽかっと開けたまま感動に頬を上気させて突っ立っていた。
常山の英雄趙雲の武勇伝に子供の頃から憧れていた、しかもその人が目の前にいる。
その人の為にこれから働けるのだ、もしかしたら彼の右腕的存在になれるかもしれない。
しかしあんな綺麗な人だとは、もっとよぼよぼの仙人のような老人を想像していただけにドキドキである。
文官としてはそれなりに名前の売れたケ芝ではあるが劉備と諸葛亮に蜀に誘われた時、文官仕事もするが
降る条件として趙雲配下に入れてもらう事を条件としたのだ。一応名門子息なので武芸も習ってきたが実際に
戦場に立った事も無いし武将として人を指揮したことも無いので一兵卒扱いで入れてもらったのだが全く不満は
無い。ぬくぬくと成長して今に至るから普通に生活する上で必要な事なのに自分でやった事がないためできないと
いうような事も多々ある、それが少し恥ずかしいと思っていたのもあり一から叩きなおしてもらえる兵卒という位置に
全く不満はない。ただ少し残念なのが、趙雲に中々近づけないだろう事だった。彼を慕う兵は多い。
憧れは充分にあったが本人を見て益々好きになった、もっと近づきたいし名前も呼んで欲しい、頼りにされたい。
どうしたら彼に自分という存在を覚えてもらえるだろうか?
「−・・・・・困った時は諸葛亮だ。」
人の二倍は脳味噌が詰っているような男だ、それに趙雲とは若い頃からの友人だと言っていた。
「はぁ、趙雲殿と仲良くなりたいですか。」
「仲良く・・といいますか、その・・お話をちょっとしてみたいなというか、そのきっかけが欲しいなというか。」
筋肉質な体で恥らわれても可愛くは無い、諸葛亮はもじもじしているケ芝を胡乱な瞳で見つめていた。自分が
間に入ればすぐだがめんどくさいし勝手にやってろと思う。
「趙雲殿は食べる事が大好きな方ですから、何か差し入れでも持っていけばいいんじゃないですか?」
投げやりな言葉だったがケ芝はその手があったか!と顔を輝かせた。
「なるほどいい手です、さすが丞相殿!」
「・・・・・。」
諸葛亮は心底嫌そうな顔をした。こんな適当な言葉でそんな誉められ方をされると馬鹿にされているみたいだ。
だがケ芝はこんな簡単なことも思い浮かばないほど必死なのだろう、何度も諸葛亮に礼を言うと走って出て行った。
馬で街へ駆け出してから気付いた。趙将軍は、何が好きなのだろう?せめて味の好みぐらい聞いてくればよかった。
しかし後悔しても戻る時間が惜しいし諦めるしかない。蜀に来て日も浅いので何が旨いのかもわからない。
「お嬢さん、少し聞きたいのだがいいかな?」
「やーん、なんでもどうぞ〜!」
とりあえずこっちを見ていた街娘を捕まえて聞いてみることにした。いい子でよかった、とても好意的だが目が
野生動物のようにギラついているのが怖い。
「成都で一番美味しいものは何があるかな?」
「美味しいもの・・・そうね、そこの店の笹餅も美味しいですよ。あ、あとそこの角曲がったところにある饅頭屋の
焼豚饅頭が人気ですよ。それと私もー・・」
「ありがとう。」
すぐに踵を返し饅頭屋へと走って行く俺の背中に「なによー!」と街娘の批難の声がかかるがそれどころじゃない。
角を曲がると店はすぐ見つかった。行列ができていたのだ。
早く将軍の元へ行きたくてたまらないが蒸しあがるのに時間がかかる。苛々しながら待っていると馬に乗った
小太りの男が俺の前で止まった。
「関興じゃないか、オヤツでも買いに来たのか?」
「うるさい、これはおじ上への差し入れなんだ邪魔すんな。」
「おー怖!なるほど子龍にね・・・あいつの好物だもんなぁ、楽しみにしとく」
「食う気か!?子龍おじ上にっつってんだろ!」
すると馬に乗った男ははいはいそうだなと流しながら上機嫌で行ってしまった。
それより俺は『子龍』と言っていたのが気になって仕方ない。もしや・・・もしやとは思うが念のため目の前の青い布の
狐目の男に聞いてみた。
「おい・・・まさかお前の言う子龍おじ上って、趙将軍の事か?」
「あん?そうだけど・・・お前叔父上のなんだよ」
「配下・・だが、お前甥なのか?」
「ま、そんなもん。」
「・・・・・・・・。」
なんという事だ、甥っ子の差し入れと被ってしまった。余程ここは有名な店なのだろう、一つ前に並んでいるから
ここは諦めて違う店に行き先に渡すべきか・・・しかしここの焼豚饅が好物と今男が言っていた。
こうなれば買ったらこの甥より先に城に戻り渡すしかない、後で同じ物を渡されても感動は半減だ。
ケ芝の目に炎が灯ったのがわかったのか、関興の眉間に皺が寄りチッと舌打ちが聞こえた。
そんなもんだから関興は順番が回ってきた時
「親父!蒸しあがったやつ全部」
「あいよ。」
なんて言ったのだ。
「んだと!?」
次蒸しあがるのを待っていれば確実に先に届けられない。
「ま、待ってくれ親父、今のそれ売ってくれるなら俺は二倍の値で買う!」
「なっ・・・!」
「はい、喜んで!」
「ちょ、じゃあ俺は三倍だ!どうだ!?」
親父は上機嫌で高い値の方に売るとこの競争を止める気は無い。後ろに並んでいる人たちは呆然と見守っている。
そんなわけで値は上がるばかり。結局ケ芝も関興も高い値段で冷えてしまった焼き豚饅頭を十個ずつ買ったところで
財布から金が消えた。
先に並んでいた関興のほうが先に勘定を済ますことができるのは仕方が無い事だ。
ケ芝を馬鹿にしながら関興は走り出した・・が、そうはさせるかとさっと出したケ芝の足に躓き豪快に地面に転がった。
「馬ー鹿、気を取られるからそうなるんだ」
なんとか饅頭は守り抜いて転がった関興を飛び越えて駆けて行く。このままなら先に将軍に届けられそうである。
馬に乗り腹に足を打ちつけるともう勝ったも同然。ケ芝は勝利を確信して高らかにがっつをした瞬間
コーン!
何か硬い物が飛んできて後頭部に直撃した。見るとそれは関興が被っていた鉄の兜である。
「っつああぁぁああ!!」
痛みにうめいていると転んで膝を擦りむいた関興が横から手を伸ばして馬からケ芝を突き落とした。
「ぶっ!てめ・・・っ!」
「俺を出し抜くなんざ十年早ぇんだよ!あとおじ上に手ぇ出そうなんざ二度と思うんじゃねぇ!」
優々と馬に乗り地面に落ちたケ芝に親指を下に向けて見せ勝ち誇った顔で走り去って行く。
「くっそ、あの野郎・・負けてたまるか!」
ケ芝は饅頭を鞍に結び付けていた事に安堵しながら再び騎乗し速度を上げた。絶対に先に渡してやる。
「うぉ!?なんだお前いい馬乗ってるな」
もう追いついてきたケ芝に関興は驚いて目を丸くした。
「俺の技が凄いんだ。」
「言ってろ」
関興はケ芝の乗る馬の尻をピシリと叩いた。
「うぁ!?」
途端竿立ちになる愛馬にしがみ付く。もちろんまた距離は離された。
「くっそー・・・」
この先の道幅は狭い、無理に追い越そうとするのは危険だ。ならば違う路に賭けるしかない。
横を曲がり道も無い林を駆け抜け城の裏から入城する事に成功した。したが・・・
「あの野郎は今どこだ?まさかもう着いてはいないよな・・・」
どっちにしろ今は将軍の元へ急ぐのみだ。
「げっ。」
回廊を走り女官に叱られながら趙雲の執務室へと急いでいると向うから関興も走って来ていて
心底嫌そうな顔をした。多分それはお互い様だろう、ケ芝の眉間にも深い縦皺が出来ていた。
「お前どうやって来たんだよ途中からいなかっただろうが」
「絶対教えてやらねぇ」
「そうか・・・よっ!」
関興は部屋へ入ろうと戸に指をかけたケ芝に追いつくとその手ごと顔を蹴り上げた。
がつっ!と鈍い音を立ててケ芝は後ろに倒れこんだ。ここは二階である、手すりがあって助かったが
落ちる寸前であった。
「おじ上お待たせー!」
勝利を収めて嬉しそうな笑顔全開で戸を開けると、その瞬間手の中の饅頭の袋が取り上げられた。
「よー、遅かったな。今子龍出かけてるから、冷めないうちに俺が食っといてやるよ」
「ちょ、平安てめぇ!!」
関興の横から中を覗き込むとさっきいた小太りの男が関興の買ってきた焼豚饅頭を旨そうに
頬張っていた。
もちろん怒った関興は殴りかかって凄い事になっている。将軍いないなら関わるまいとケ芝は
扉を閉めて振り返ると、そこには趙雲がいて不思議そうにケ芝を見上げていた。
「君は確か今日から私の配下になった人だね?」
「は、はい!!」
お、覚えてくれてる!!ケ芝は感激で焼豚饅頭を渡す事なんか頭から吹っ飛んでしまった。
叫びたいくらい嬉しい。
「ここは私の部屋なのだが・・・何か中から凄い音がしてるのだが、一体何が?」
不思議そうにしながら戸を開けようとする趙雲をケ芝は慌てて止めた。
「あ、今取り込んでますから開けない方がー・・・」
いい。と言う前にバキィっ!という音とともに戸が壊れ中から小太りの男がふっ飛んできた。
驚愕する趙雲がその男を受け止めようとして逆に弾かれてしまうのを吹き飛ばした張本人である
関興は青い顔をして固まって見ている。
「将軍危ない!!」
このままでは落ちてしまう、と手を伸ばすがなんと趙雲ともどもケ芝の体も宙に浮かんだ。
柵を越えてしまったのだ。浮遊感が背筋を駆け登る。ケ芝は腕の中に入る趙雲の体をぎゅっと
腕の中に閉じ込めた。すると恐怖を感じているのだろう趙雲もきゅっとケ芝の服を掴んだ。
「!!!」
その仕草に幸せと嬉しさが湧き上がった瞬間、下にあった池に落下した。
その頃仕事が一段落して水亭にて諸葛亮は休憩をとっていた。
いい香りのするお茶に心が落ち着く。
「美味しいお茶だ、君はいい奥さんになるだろうね」
「まぁ丞相!なによりのお言葉ですわ、ありがとうございます」
茶を入れてくれた女官と穏やかに談笑していると
バシャアァァアーーーン!!
と豪快な音がした。驚いて目を向けるとすぐそこの所で水柱が上がり落下してきた水が
見事に亭にいる諸葛亮達を襲った。女官はきゃー!!と叫び、手の中にあった杯には
熱々のお茶でなくぴちぴちの魚が泳いでいる。服はもちろん全身ずぶ濡れだ。
「げほっ!!将軍、大丈夫ですか!?」
「あぁ・・・・お前、どこか打ったのか、鼻血が・・・!!」
「え?」
見ていると饅頭の浮かぶ池から顔を出したのはしっかり趙雲を抱きしめたケ芝と
意識を飛ばしている平安だ。視線を上に向けると青い顔をして手すりを握り締めて
おろおろしている関興がいた。
何がどうなってこうなったのかわからないが、諸葛亮は怒りに思わず怒鳴り声を
上げていたのだった。
その後怒られた四人は趙雲の部屋にいた。
「ケ芝・・・だったな、すまない私を助けたばっかりに」
すまなそうにしながら趙雲はケ芝の鼻血をぬぐってやっている。
「いえいえそんな!将軍が無事ならいいんです俺は」
「そんな事・・・」
にこにこしているケ芝だが一向に止まる気配のない鼻血に趙雲は眉尻を下げるばかりである。
「ついでに死ねばよかったのに。」
「関興!嘘でもそんな事は言ってはいけないよ、それにそもそもの原因はお前だろう。」
ぼそっと呟く関興に縁起でもないと趙雲は窘める。
「そうだぞ、暴力はいけない」
「てめぇのせいだろが!!」
平安が入ってきたことにより関興の怒りに再び火がつくがケ芝は嬉しい貧血により気を失ったのだった。
*あとがき*
あれだけ趙将軍ラヴなのだからあのポジションになるまで結構努力してそうですよね時には裏工作まで
してそうだ。クラ○ションラヴ聞きながら書いたので是非聞きながら読んでほしいところ。