天敵

    ※髪の次の話です。

 


       天敵



       ケ芝は足取り軽く廊下を急ぐ、あの人の元へ。
      いつも呼んでは悪いと思っているのか、彼は式典や来客のあるとき等にケ芝に髪を結うのを頼むのだ。
      今日は蜀建国二年目を祝う祝賀会の日だから、呼ばれるに違いない。
       以前女官に頼んだようで、細かな三つ編みを複雑に結い上げ華までさされていた。その頭を重そうに
      邪魔そうに、珍しく眉間に皺を寄せて歩いている彼を見かけた事がある。とても美しくてケ芝としては
      もっと見ていたかったが本人はほどきたいのにとき方がわからないようで不機嫌そうだったので声を
      かけずにおいた。それから彼は絶対に髪はケ芝にしか触らせていないようだった。そのことがくすぐったく
      そんな事でも彼に必要とされている事がなんだか嬉しかった。
       今日もいるだろう趙雲の執務室へ近づくと、戸が開いている事に気付いた。きっちりとした彼には
      珍しいな、と部屋を覗く。
      「趙しょー・・・」
      「三つ編み?そのくらいわざわざ呼ばなくても出来っだろ。」
      なにやら見た事の無いずんぐりした男が趙雲の道を阻むように偉そうに立ちふさがっていた。
      何だこいつ・・?
      ケ芝は眉間に皺を寄せながら、いざというときにそなえて腰の剣を手にとった。
      「しかし私はどうも手先が不器用で・・恥ずかしい話ですが何度やっても上手くいかないのです」
      趙雲は苦笑いをしているが嫌がっている様子は感じない。どうやら知り合いのようだ。
      「ったく、しょうがないなお前は。昔っからそうとこあるよな、大きな事はちゃちゃっとこなすのによ。
       ホラ後ろ向け俺がやってやるよ。」
      なんだとっ!?
      「ではお願いします」
      えぇえ!?
      一人困惑するケ芝に全く気付かず、男は趙雲の髪に手をかけた。
      均一に分けていない髪を無造作に編み上げていくその様子を呆然と眺めていたケ芝は、完成を見ず
      踵を返した。とても見ていられなかったのだ。
       外へ出ると置いてあった長椅子にどかっと座り、項垂れた。
      ずっと自分だけが触っていられると思っていた銀糸、彼との二人だけの時間・・・。
      大切なものが一人の男の出現によってめちゃめちゃに踏み荒らされた気分だった。しかも二人はなんとも
      親しげな様子だったのだ。
      「・・・・・・・・・。」
      悲しかった、何が悲しいのかわからなかったが、ただ悲しかった。
      いつのまにか彼は自分のもののような錯覚を感じていたのだ、それほど趙雲はケ芝と仲良く接してくれていた。
      しかし、自分よりはるかに親しいものがいた。当たり前の事なのにのぼせあがってそれが当たり前でなくなって
      いた事に気付く。諸葛丞相とも友人でとても仲が良いようだったが、互いに将、上司といった壁があることに
      気付いていたから特に気にもしていなかったが、あの男とは壁が無いようだった。
       一体自分はいつの間にこんなに彼にのめりこんでいっていたのだろう?周りが見えなくなるほどに。
      敬愛は確かにしているが、これほどまでだったとは。少し彼と距離を持とう、このままでは危険だ。もし彼が
      亡くなってしまったら己は廃人のようになってしまうだろう。亡くなって・・・ー考えたくも無い。
       ケ芝は両手で頬を一つ叩くと、気を引き締め立ち上がった。己をしっかり持とう。そう心に誓って。



       式典も佳境を過ぎ、皆で宴席を囲む事になった。
      一番の上座には具合がいいのか、医師に付き添われながらも劉備が楽しそうに飯をつついている。
      その一段下には諸葛亮が気遣わしげに壇上の劉備を窺っており、その隣には趙雲がきちんと膝を揃え
      綺麗な箸使いで食べ物を口いっぱい頬張り小動物のようにもぐもぐと租借していた。そしてその趙雲に
      あの男が近づいていき、なんと隣に腰を下ろし事もあろうに趙雲の皿に箸をつけ始めたのだ。
      趙雲も拒むでもなく楽しそうにその男と言葉をかわしている。
      更にその下の段の将の列でその光景を見ながらケ芝は握り締めた箸を折ってしまっていた。
      それを見た女官がきゃっ!?と驚きの声を上げつつも急いで新しい箸を持って来てくれた。
      「あーぁ、またやってるよ平安。いくら壇上の方が料理が豪華とはいえ度胸あるよな。」
      一つ隣の上座を見ると、赤い布を頭に巻いた少し厳つい男がこちらを見ながら煮物を食べていた。
      「え・・?」
      「違ったか?子龍叔父上と平安を見て言ってるのかと思ったが?」
      「お、叔父上!?」
      ケ芝は目を丸くしながら隣の男を見た。血縁なのだろうか、少しも似ていないが。
      「ん?いや違う。子龍叔父上は父上と義兄弟の一員のようなもので、幼い頃から親しみを込めてそう呼んでいる
       だけだ。そこに座ってる青い布のあいつもそう。」
      「そうなのか。」
      「そ、あいつは関興。あいつの親父は五虎将筆頭関羽。んで俺は張苞、親父は同じく五虎将張飛。」
      そういえば入蜀した時に諸葛亮から簡単に教えてもらったのだった。五虎将の息子という事を考慮に入れなくても
      強い息子達だと。
      「お・・私はケ芝です、新参者なのでご指導ご鞭撻の程を・・」
      「あー、固くならなくていいさ。俺の方が年下だしあまり堅くされるのはガラに合わないんだ。むしろ豪快な方がいい。」
      「そうか、ではこれからよろしく頼む。」
      正直自分も堅い空気は苦手な方なのでそのほうがありがたい。どうやらこの男とは馬が合いそうだ。
      「ところで平安とかいうあいつは何だ?教えてくれ。」
      ケ芝が睨んでいる視線の先を辿ると、趙雲の口の周りについたパンくずを平安が呆れた様子で拭っていた。
      視線をケ芝に戻すと、再び握り締めた箸がミシミシと悲鳴をあげていた。
       こいつもか、と小さく溜息が出る。確かに子龍叔父上は男から見ても美人で格好良くて色気があるが、それにしても
      ハマる奴が多い。兵の間では『趙愛兵』なる親衛隊も密かに結成されたらしい。     
      なんとか悪い虫から叔父を遠ざけたいとやっきになっている関興を思うと、また一人増えたな、と苦笑いが洩れる。
      しかしこの男はどこか繊細な面があり叔父に手を出す勇気もなさそうに見える。厚い体を見ても力がありそうで関興の
      助けになってくれそうだ。自分が手伝うと眉を怒らせて怒る幼馴染の為にこっそり影で支えている張苞である、ここは一つ
      こいつも味方にしておくか、と一人頷いた。
      「あいつは羅 平安。一応蜀将という位置にいるがそれは子龍叔父を慮って剥奪していない地位で、昔に魏軍を一度
       引き下がらせた武勲があるんだ。でもあいつが指揮官だったってだけで隊には子龍叔父もいたから実際のとこは
       どうだかな。子龍叔父とは同郷で義兄弟の仲だ。子龍叔父はあの平安を本物の兄のように尊敬し慕っている。 」
      それを聞いたケ芝の眉がピクリと跳ね上がる。平安に手が出しづらいと理解したのだろう不快そうに口が曲がっている。 
      もう一押し。
      「まぁ、一つよかったのはあの男が叔父上の魅力に気付いてない事だがな。しかしどうも昔っからあいつは胡散臭い所がある。
       もし命が狙われそうになったら子龍叔父上を盾にしかねない男なんだ。そうなったらきっと叔父上は当たり前のように平安を守り
       自らが果てるだろう・・・・それは間違っているとは思わないか?」
      張苞がケ芝の顔を覗くと、目に嫉妬の炎が燈ったのが見えた。よし、これで後は放っておくだけだ。
      「ま、お前も頑張れよ」
      「あぁ・・・」
      何を頑張るのかと思ったが、ケ芝は目を壇上の二人から離せないでいた。

 

 



       あとがき
      まぁ、結局脱がすのも平安なんだけどね。ケ芝天敵の存在を知るでした。頑張って欲しいが敵が強敵すぎる。
      張苞はいい子だと思います。関興と張苞の仲としては関興はこの張苞との微妙な仲が恥ずかしくて少しつっかかってくる
     とこがあると思うのですよ。それをどこかで気付いてる張苞はのってやって影でこっそり支えてあげてる・・とか、思うと、
     ちょっと萌えません?そうでもない?・・そうか。
     席順も関興の隣が張苞だろうけど関興が嫌だってだだこねたから仕方なく張苞がケ芝あたりの将のとこまで下がって
     座ったとか・・萌えない?そうか。まぁケ芝結構上のほうだろうけど新参と言う事で今回は結構将の中では下座に座っている
     と思ってください。

 

 


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