青い妖精の住まうと言われる西方の王国には、えも言われぬ香りと味のする
黒曜石の如き幻の食べ物があるらしい
西方の・・・
天気のよいその日、趙雲は諸葛亮が呼んでいるとの事で丞相府へと向かっていた。
何やら世にも珍しい幻の珍味が手に入ったとかで、共にどうかと誘われたのだ。
「あ!趙将軍おはようございます!何やら上機嫌のご様子ですが何かあったのですか?」
結構な遠くにいたのに回廊を渡る趙雲の姿を見つけ、ケ芝が駆けて来た。
「あぁ、おはようケ芝。諸葛殿が西方の幻の菓子というものを献上されたらしいんだ、共にどうかと
お誘いを頂いてな・・ケ芝も一緒に来るか?」
「はい!お共します」
「そうか、じゃあおいで」
「はい!!」
これまた上機嫌のケ芝を伴い丞相府に行くと、二人のお客を待っていた諸葛亮自ら出迎えてくれた。
「お待ちしていました趙将軍、ケ芝も。」
にこやかに笑みながら諸葛亮は二人を奥へと促した。
「お招きありがとう諸葛殿、今日は天気もよいですね」
「失礼致します丞相殿、俺は将軍の付き添いのようなものなのでお気になさらず。」
「いや、菓子も茶もたんとある。気にしなくていい。」
「ではご相伴に与ります」
陶器の椅子に腰を降ろすとすぐに女官が熱いお茶を振舞ってくれた。隣で趙雲が美味しそうに茶を啜るのに
ケ芝は穏やかで至福の一時を満喫していた。・・・あのモノが出てくるまで。
少しすると女官が恭しく皿を掲げて持って来た。
「これが西方の商人が献上してくれた菓子で名を申彌斡几と言うそうだ。」
「はぁ・・・申彌斡几ですか。銀の紙に包まれているとはなんと厳かな」
趙雲は目の前に置かれた銀に鈍く光る沢山の小さな粒に目を輝かせた。
「西方では一般的に食べられているという飴だそうですよ」
「なんと!一般的にこれを?さすが妖精が住まう国、凄い事ですね。」
漢では銀は武器と装飾にしか用いないとても高価な鉱物だと言うのに西方では一般的な菓子の包みなどに
用いるとは驚きである。趙雲の中で西方が益々蓬莱のような神の国のように感じた。もしかしたら西方の人々は
不老不死なのかもしれないとまで思う。
「殿にも献上しましたがまだ体の調子が芳しくなく口になされていないそうで、不敬かもしれませんがせっかくの
申彌斡几が悪くなってもいけませんので先に頂こうと思いましてな、一人でというのも気が引けるので
お誘いしました。どうぞ遠慮なさらず。」
「はい、それでは・・。ケ芝もお食べ。」
ケ芝はとんでも無いと必死で首を横に振るが、待てよと思いとどまる。
「丞将、これは誰か毒見致しましたでしょうか?」
「いや・・そういえばしていなかったな。」
「ならば俺が毒見として先に失礼していただきます。」
その言葉に趙雲も諸葛亮も目を見開いた。
「そんな、毒見などー・・・それに若く有望なお前がする事は無いよ、私はもう年だし・・」
「絶っっっっ対!!駄目です!!!!俺がいいというまで将軍は絶っっ対に!口になさらないでください。」
趙雲は口を尖らせて反論しようとしたが、いつになく真剣で険しい表情のケ芝にそれ以上反論するのも憚られ
しぶしぶ了承した。
「・・・・あんなに国を跨いだ先にある国の商人が蜀の君主を殺害したとて何の益もないが蛮族に買われたとも
言い切れん・・確かに用心すべきであったかもしれないな、ありがとうケ芝もっと気をつけることにしよう。」
「是非そうしてください。では、失礼して先に。」
ケ芝は手を伸ばすと小指の先ほどの小さな銀の包みを開けた。中には黒曜石のような漆黒の、鈍い光を放つ
飴が入っていた。
匂ってみると毒のような腐臭ではなく漢方のような匂いがしている。
「香りは・・漢方に近いようです。」
「そうか、少し安心した。」
息を詰めて心配げに様子を窺っていた趙雲はそれを聞いて少し安堵したように目元を緩めた。
ケ芝は安心させるように趙雲にニコリと微笑みかけると、一口でそれを口中へと放り込んだがその瞬間
「−−−−・・・!!!!!!!」
ケ芝はもんどりうって椅子から転げ落ちた。
「ケ芝!!?」
趙雲は慌てて立ち上がりケ芝の側へ駆け寄り、諸葛亮は珍しく狼狽した様子で至急医師を呼ぶよう手配した。
「おえぇっっ!!」
ケ芝は床に申彌斡几を吐き出すと趙雲の差し出すお茶を一気に飲み干した。
「丞相!!毒っ!毒が入っています確実に!!!」
「そのようだ、すまなかったケ芝大丈夫か?今医師を呼んだからこの茶も飲んで横になっていろ」
「いえ、もうなんともありませんが口に入れた瞬間猛烈な吐き気に襲われました・・・。」
「そうか、でも大事を取ってしばらく横になっていなさい。」
諸葛亮は女官に劉備の元へ行き至急申彌斡几を回収してくるよう伝えた。こんな即効性の毒を病気で弱っている
劉備に口にさせたらすぐあの世行きである。冷や汗が背に伝うのを感じた。まさかこんな危険な物を献上してくるとは。
「あの商人は未だ成都内に留まっているはず、至急捕縛し連れて来るように。」
「はっ!」
諸葛亮は額に浮かぶ汗を拭いながら指示を飛ばし終えると振り返った。
そこには床に胡座をかいて座り心配そうにケ芝の様子を見守る趙雲と、その膝を借り盛大に鼻血を流しているケ芝の
姿があった。
「なんと!鼻の粘膜組織が破壊されたか・・・恐ろしい毒だ。」
呆然と呟く諸葛亮だが、なんとも幸せそうな顔をしているケ芝の様子に神経毒も混ざっているのかと眉を顰めた。
「ケ芝すまない、私が誘わなければこんなことには・・・すまない、辛いだろうケ芝、もう少しの辛抱だから頑張ってくれ」
今にも泣きそうな程眉をはの字にした趙雲に優しく頭を撫でられケ芝はへらりと笑っている。
「いえ、本当大丈夫なんです。むしろ夢見心地です。」
「やはり、神経毒もー・・・。」
諸葛亮が忌々しげに黒光りする申彌斡几に視線を向けていると、床を蹴り上げる音とともに慌ただしく城内の医師団が
駆けつけてきた。
「失礼致します諸葛亮様!」
「おぉ、これへ!ケ芝が西方の毒を含んでしまったのだ、どうか助けてやってくれないか」
「これは・・・なんとまた酷い毒だ・・。」
医師たちは大量の鼻血を流しながらにこにこしているケ芝の様子に一様に眉を顰めた。
「失礼します。」
医師の一人がケ芝の首筋に指を当てる。
「脈拍がとても早い、体温もかなり上昇し少し汗が滲んでいる。
・・・影天、淡竹葉、八仙花、儿茶、酸棗仁の薬湯を
至急だ、あと鴨跖草と麻黄蕩も!・・そこの女官、冷水に濡らした布を持って来てください。」
緊迫した様子で医師たちは薬湯を作り差し出した。それを不味そうに自ら飲むケ芝の様子に皆が安堵していると
兵士の一人が駆け込んできた。
「失礼します丞相殿、商人を捕縛しました。身柄をどう致しますか」
「ここへ。」
「はっ、至急に!」
兵士はきちっと礼をとると身を翻し、すぐに商人を連行してきた。
麻縄に雁字搦めに縛られ困惑の表情を隠しきれない商人の姿に趙雲もケ芝も仰天した。中年の商人は金の髪に
瑠璃の瞳をしていたのだ。まるで天上人である。
「あなたは何故毒を差し出したのです?どなたに雇われたのですか?返事によっては我等はあなたを拷問せねば
ならなくなりますが。」
不穏な言葉に商人の男は酷く狼狽している。
「私はただの旅の商売人です。誰にも雇われてなどおりませんし、毒など盛るはずもありません。何かの間違いです。」
必死に無実を訴える男に諸葛亮は眉間に皺を寄せ申彌斡几を男の鼻先に突きつけた。
「ならばこれはなんですか?おかげで我が国の大事な将が一人命を落すところでしたが」
「・・・・salmiakkiで?そんな馬鹿な、これはむしろ体にいい健康的な菓子です。毒など入っているわけがありません。」
「しかし・・・」
「ならば私が身をもって証明します。どうぞいくらでも私の口にそれを入れて下さい。」
諸葛亮はこの男は自殺をしてでも口を割らない気かと疑ったが、死を覚悟したというより男は困惑しきっているように
見えた。
しばし逡巡した後、仕方が無いと溜息をつき、商人の口に二つほど申彌斡几を入れてやった。
男はもぐもぐと租借するとごくりと飲み込んで見せた。
「ほら、ただのsalmiakkiです。おいしいです。毒など入っておりません。」
諸葛亮はおや?と片眉を上げた。趙雲もケ芝も驚いている。あんなに即効性がある物を一気に二つも食べて見せたのだ。
ケ芝なんかはおいしいという言葉に心底不思議そうな顔をしている。
「・・・どういう事だ?」
「どうもこうもただのsalmiakkiです。毒など何かの間違いでは?なんならまだ食べましょうか」
「いや・・・いい。あなたは無実なのでしょう。しかしならば何故?」
首を傾げていると、医師の一人が恐る恐る口を開いた。
「三韓では王族は銀の箸を使い、銀の色が変化すればそれはすなわち毒が入っている証拠だそうです。この包みは
銀のようですし、色が変化している様子は見られません、ケ芝将軍の受けられた毒は別のところから受けたのでは
ないのでしょうか?」
「なるほど・・そうかもしれないな。」
ケ芝は一人そうかなぁ・・と首を傾げていたが、そうであればこの商人は死なずに済むのだ。
「では、私がいただいてみるとしよう。」
趙雲が言うが早いかぱくっと申彌斡几を食べてしまった。
「わぁあ将軍!出して!出してください!!」
必死に縋るケ芝だが、趙雲はもぐもぐと租借しながらだんだんと眉根が寄っていた。
「・・・・・これほど不味いものは初めて食べる・・・吐きたいくらいだ。」
「だから吐いてください!」
「食べ物を粗末にするのはよくない・・しかし飲み込めない・・。」
一般的に不味いものでも口一杯頬張るし酷い怪我をしても平気な顔をする趙雲なのに小さい飴一つに苦渋の表情を
浮かべ固まっている。
「なるほどな、毒が入っているのではなく毒ほどに口に合わない菓子か。」
「そんなことは・・おいしいのに・・。」
商人は納得のいかないような顔をしていたが、どうやら東洋人には口に会わないようだった。
*あとがき*
参加資格に『アンディ趙は結局食べれるものなら何でも食べると思っている』と書いてあるけどサルミアッキは
食べれないんじゃないかという意見があり私が考えてみた結果がこれ。きっと口に入れたら出さないんじゃないかと。
でも飲み込めないんじゃないかと。結局どうするのかはわからないけども。
漢字はもちろん当て字です。