金木犀

 

 

 

    敬愛してやまない人の隣で馬を走らせながら、ケ芝は甘く香るその匂いに秋の訪れを感じた。



     金木犀



      朝の爽やかな光差し込む食堂の、ざわめきの収まらない兵士達をかきわけ吹き抜けの廊下に出たケ芝は
     大きな欠伸をした。少し溢れた涙を拭っていると、
     「っ!?」
     ガクリと体勢を崩した瞬間、後ろから忍び笑いが聞こえた。覚えのある声だ。
     「・・・朝からなにすんだ関興」
     「油断しすぎてるから活をいれてやったのさ、感謝してもらいたいね。」
     関興は悪びれた様子もなくさっさと先に行ってしまった。
     ケ芝は蹴られた膝裏を擦り近いうちの仕返しを考えていると、またあの香りが鼻をくすぐる。甘く鼻奥に残る匂い。
     どこか近くに植えられているのだろうか?辺りを見回して振り返ると
     「仲いいなお前達」
     微笑む趙雲がそこにいた。
     「ちーー・・・・!!ちょ、趙将軍、おはようございます」
     「うん、おはよう。」
     まぬけな姿を見られたことより趙雲とこんな早くから会えたことにケ芝は舞い上がった。彼に尻尾はないがあればきっと
     振りちぎれるほど振っていただろう。もう匂いどころではない。
     だがその彼の一言で一気に気持ちが下がってしまった。
     「今日は天気が良くて気持ちいいな、鍛錬せずに兄上と遠駆けに行きたいくらいだ」
     それを聞いて内心舌を打つ。何故か趙雲は兄と呼ぶほど平安という男を慕っているのだ。自分にはさっぱり理解できないが
     話を聞くと若い頃からお世話になっているらしい。そんなの、自分がもっと早く生まれていれば幾らでもお世話したというのに
     天命とはなんと残酷なのだろう。
      今の趙雲も綺麗で眩しいくらいなのだが、若い頃の彼も美しくさぞかし可愛かった事だろう。
     ケ芝の脳内で色んな想像が渦巻きそれだけで幸せを感じていると、またあの匂いがした。それも先程よりはっきりと。
     スンスンと鼻を動かしていると、趙雲が不思議そうに首を傾げた。
     「いや、金木犀の香りがするんですが、どこからかなと・・少し気になっただけです。」
     「金木犀?・・・城下なら見たことあるが、成都城に植えてあったかな、ケ芝は鼻がいいな」
     凄く些細な事だが誉められてケ芝はそれだけでとても嬉しかった。
     「将軍は金木犀が似合いそうですね、見つけたらお知らせしますよ」
     「そうか、楽しみだな。」
     「しかし一体どこでー・・・・・・、・・・・・・・ん??」
     もしや!?ケ芝はバッと隣を見た。
     「し、失礼します!!」
     「はぁ?」
     ケ芝は震える手で軽く趙雲の肩を掴むと、少しだけ顔を近づけた。
     不思議そうに見上げる趙雲の顔が少し近づいて、心臓が五月蝿いほど音を刻み体温が上がる。
     緊張しつつも詰めていた息を吐き出し、少しだけ吸ってみる。
     (ち、ち、趙将軍だーーーー・・・!!!!!?)
     ケ芝はバッと体を離した。
     「ど、どうした?」
     「み、見つけました金木犀」
     「ん?どこだ?」
     辺りをきょろきょろ見回す趙雲だったが、周りにはない。何故ならその香りは趙雲その人からしていたのだ。
     気付いてしまうとケ芝は更に体温が上がるのを感じた。自分からは汗の匂いしかしないと言うのにこの人はどこまで綺麗なのか。
     「何やってんだ子龍?」
     来た。
     「あ、兄上!おはようございます。いや、どこか近くに金木犀があるらしいのです」
     「金木犀?城にか?」
     天敵が、来た。しかもこともあろうに自分と趙雲の間に、だ。
     ケ芝は眉間に皺が寄るのを隠しもせず平安を睨みつけていたが、趙雲がこちらを向いた瞬間にこっと笑みを浮かべた。
     「どこに見つけたんだ?」
     「いえー・・・あなたです。」
     「私?」
     「あなたから、金木犀の香りが。」
     趙雲は腕を上げてスンスンと嗅いでみるが自分の匂いはわからないもの。首を傾げている。
     「兄上、私の匂いは金木犀ですか?」
     「んー・・・?まぁ、似てるっちゃ似てるな。」
     事もあろうに趙雲の首筋に鼻を埋めてフンフン匂う平安にケ芝は無意識に首根っこを掴んで引き剥がした。
     「うぉっ!?」
     「なぁケ芝、兄上からはどんな香りがする?」
     ジタバタする平安を外に放り出そうとしたが趙雲の言葉に我に返りぐっとこらえ、ぞんざいに答えた。
     「焼き魚。」
     「お前適当だろー、それさっき俺が食った朝飯の匂いだ」
     あははと笑うと趙雲は近づいてきて、ケ芝の匂いを嗅いだ。
     「!!!!!!????」
     「・・・・なんだろう、やはりケ芝の匂いはケ芝だな。表現し辛い匂い・・なんだろう、汗の匂いに近いか?」
     また近づいてこようとする趙雲に心臓が耐え切れなくなったケ芝は平安を投げ捨て
     「お、俺もう行かないと!し、失礼します!!」
     走って逃げたのだった。
      その後執務室で鼻血を流しながら突っ伏しているケ芝を見つけた関興は「気持ち悪い。」と悪態をついたのだった。

 

 

 


      あとがき
    なんというか、色々ごめん。関興は文字にするといいキャラですね。
    朝、金木犀の匂いがするとハッピーになるよね。無双の趙雲は青林檎のような爽やかな香りがしそうだけど
    アンディ趙は金木犀の匂いしそうだよね。というとこからできた話。関興は高い香水の匂いがしそう。張ホウは草原の匂い。

   

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