犬猿と月餅

    ※趙愛兵の次の話です。

 

 

 

     犬猿と月餅

 

    ガチャリという竹のぶつかる音に諸葛亮が顔を上げると、そこにはすっかり蜀に馴染んだ褐色の男が
   竹巻を抱えて立っていた。
   「陽明山山道の警備の件と人員問題の書簡、終わりました。」
   「わかった、では目を通しておくからそこの盆の上にのせておきなさい。」
   そこには既に竹巻の小山が出来ていたが、次の仕事が言いつけられないよう急いで重ねた。
   「それでは俺はこれでー・・・」
   「あぁ、あとケ芝」
   ケ芝はびくりと肩を震わせると、しょうがないと溜息をつき振り返った。
   「なんでしょうか?」
   書簡仕事は苦手ではないが好きでもない。早く体を動かすか何かしたかった。
   その様子がありありと伝わってしまったらしく、諸葛亮は苦笑いを浮かべた。
   「まぁまぁ、嫌な仕事ではないから。」
   「・・なんでしょう」
   「これを、趙雲殿に渡してもらえないか」
   諸葛亮がそういって差し出した書簡をケ芝は輝く瞳で受け取った。これで彼に会う口実ができたのだ。
   今にも駆け出しそうなその様子に更に苦笑いを深くすると、じゃあ頼んだよ。と送り出したのだった。
   「うーん・・・懐くのはいいんだが・・・」
   それ以上諸葛亮は考える事を止め、目の前にある製図に没頭することにした。

   「趙将軍、ケ芝です。」
   ケ芝がどきどきしながら趙雲の執務室の扉を叩くと、戸が開き顔がひょっこり出てきた。
   「いいところに来たケ芝、まぁ入りなさい。」
   「えっいいんですか?」
   と言いつつもケ芝が中へと入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。
   「今月餅をいただいてね。甘い物は平気か?干し葡萄や松の実は?」
   「大好きです。」
   甘い物は幼い頃から好きだったが久しく食べていなかったのを思い出すと腹の虫が騒ぐのを感じた。
   「なら一緒に食べないか?一人で食べるにはもったいないと思ってね、せっかく綺麗に作ってあるのに。」
   月餅が重ねられた盆を見ると、確かにどれも形や模様が凝っていてどれも高そうであった。
   高い月餅を誰がこんなに貢いだのか・・・。少し気にかかるも席を勧められお茶までいれてもらうともうどうでもよくなった。
   こうして秋の昼下がりに趙雲と二人でお茶が出来るのだ、こんなに穏やかで幸せなことはない。
   「美味しいですか将軍?」
   「うん、お前も食べなさいケ芝」
   熱いお茶を息で冷まし冷まし飲みながら目の前で月餅を美味そうに頬張る趙雲を見ると、他の事を全て
   忘れてしまうくらいに幸福だった。
   「ご馳走様でした、茶も菓子も美味しかったです。」
   ケ芝もいくつかご相伴に与り、すっかり空になった盆と茶杯を見て深々と頭を下げながら礼を言った。
   「あぁ、相手をしてくれてありがとう」
   忙しい中すまなかったねと言う趙雲に思い切り顔を左右に振りながら否定した。
   「いえいえそんな!今度俺も何か持ってきます」
   「そうか楽しみにしてるよ」
   嬉しそうにしている趙雲に、ケ芝は蕩けそうな笑顔を向け立ち上がろうとした時、事件は起こった。
   「おじー・・・・・・」
   ぼとっ!と何か落ちた音に振り返ると、手から上着を落とした青い布を頭に巻いた若い男が呆然と立ち尽くしていた。
   「あ、関興。月餅美味かったよ。ありがとう」
   にこにことお礼を言う趙雲の横でケ芝はあぁ、こいつが関興か。そういやそうだったなと繁々と見ていた。
   関興はというと胡乱な目でケ芝を見つめ返してきた。
   「おじ上、こいつは誰です?まさかこの男に月餅食わせました?」
   こいつ、と顎でしゃくられむっとしたがケ芝は黙っておいた。
   「え・・・あ、駄目だったのか?」
   何故?と首を傾げる趙雲の様子に関興は親の仇といわんばかりにケ芝を睨んできた。
   「いえ・・・いいんですけどね・・・そうですか。」
   途端しゅんとうなだれてしまった甥に趙雲は慌てた。いつも自信に満ち溢れている関興だけに項垂れるとすごく可哀相に思えるのだ。
   「どうした、言ってみろ何か私は悪い事をしてしまったのかな?」
   「いえ、おじ上は何も悪くありません。ただ俺はあの月餅をおじ上と共に食べたかったのです。」
   「・・・?しかし関興、お前これくれた時何も言ってなかったではないか。それにお前甘い物嫌ー・・」
   「いえ、克服しましたので」
   おじに抱きつきながら瞳はケ芝に向いていて「お前に食わせるくらいだったら嫌いでも俺が食ったのに!」と物語っていた。
   当然ケ芝はと言うとそんな目で見られるのも納得が行かないし何より関興が我が物顔で趙雲に抱きついているのが
   許せない。
   「そうか、すまなかった関興。今度一緒に何か甘い物でも食べに行こう、もちろん私がおごるから。」
   「わぁ!本当ですかおじ上!絶対ですよ!」
   「あぁ、近いうちに行こうな」
   「おじ上大好き!!」
   再び抱きつく関興を笑顔で受け止める趙雲。
   こちらを向いて思い切り睨みつけながら親指を下向ける関興。
   ・・・全てが気に入らない。
   「将軍、俺も!俺も行きたいです!」
   ここで負けてたまるか!とケ芝は割ってはいると
   「ん?いいぞ、皆で行った方が楽しいし・・・兄上も呼ぼうか」
   「「それはいいです。」」
   互いを睨みながら口を開くと、同時に同じ言葉が出た。どうやらこのことだけはこいつと意見が一緒らしい。
   「なんだお前達、仲がいいんだな。」
   「いいえ」
   「全く良くないです」
   互いに肘で小突きあいながらにっこりと趙雲に否定を返すが、どうやら仲良くじゃれあっているようにしか見えなかった
   ようだった。

 

 

 

 

 

 

    あとがき

    ケ芝甘い物苦手かな?と思ったけどオン君マーブルチョコとかコーラとか好きそうだよね!?て思ったので
   甘党にしてみた。対して関興は甘い物実は好きだけどかっこつけて「甘い物?ハッ!子供じゃねーんだし。」って
   食べなさそうですよね。張苞は普通に好きじゃなさそう。コーヒーならブラックタイプ(大人だ・・

 

 

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