※『清廉の人』の次くらいの話です。
髪
仕事を終え城内の武器庫の片隅の椅子にどっかと腰を下ろすと、本日も共によく働いてくれた愛槍を磨く。
与えられた城内の一室に持って帰るのだが武器庫に置いてある手入れ道具が中々良いものだったのでいつも帰りに
寄っては磨いていた。
戦の無い今、ケ芝に与えられているのは城下の治安維持だった。城下に住む民は戦を経験していない土民と
劉備軍を慕って運命を共にしてきた流民である。それならばなんの心配も無さそうなものだが政権交代の混乱に付け込み
今までどこにいたのかと言うほどガラの悪い者達が紛れ込んでいるのだ。まぁ、そんな輩が幾ら強いところで武将である
ケ芝に勝てるものなどいるわけがないのだが。しかし見た目が派手なケ芝をなめてかかりよく喧嘩をふっかけられるのだ。
わざわざ不穏な輩を探す手間は省けるがめんどくさいのも事実である。相手は一応民なので傷をつけずに捕縛せねば
ならないのだ。今日は久々に飲みに行こうかな、等と考えながら黙々と刃先に椿油を塗っていると、突然ガラッと戸が
開いた。
「見つけた、ケ芝。」
そこに立っていたのは夕日を背に受け白銀を淡く光に染めた趙雲であった。
「こんばんわ、俺に何か用ですか?」
何も後ろめたい事はしていない。一体何のようであろうか。
キラキラ光るその人は辺りを見回し、そっと扉を閉めると足早に近づいてきた。
「ケ芝、実はお願いがある。」
お願い・・・なんだろう、できる限り聞いてはやりたいがこの国で上位のこの人が新参のこの俺に願う事・・・?
ドキドキしながら待っていると
「私の髪を、切ってくれないだろうか?」
思いも寄らないお願いだった。髪を切れ・・・と?
「あぁ、鬱陶しくてかなわないんだ」
「なんでそれを俺に・・・」
城下に行けばそういうのを仕事にいている人もいる、女官もいる。
「だって誰も切ってくれないんだ」
「はぁ・・・」
一応手先は器用な方だが、本当に何故俺に・・・。
「若い頃は貧しくてね、よくこれくらい伸ばしては切って売って金にしてたんだ。でも今はその必要がないから短くしたい。
でも誰も切ってくれなくてね。私は不器用だから、前に若い頃のように結んだ根元から小刀で切り落としたらえらく責め
られたよ。確かに今は国を預かる将の一人だ、他国に顔も知れてる。ぼさぼさの頭では馬鹿にされかねない・・
それで、君に頼もうと思った。切ってくれないだろうか?」
「いいですけど・・・。」
すると趙雲の顔がみるみる笑顔に変わった。余程邪魔だったのだろう。
「ありがとう!ではさっそく・・」
趙雲は近くにあった小刀をケ芝に渡すと、椅子に座っているケ芝の前に後ろを向いて正座した。
目の前に広がるのは豊かは白銀。蝋燭の明かりをうけてキラキラと光を反射している。
「・・・・・・・。」
こうも綺麗だと切りにくい、しかし引き受けたのだ、あんなに喜んでいたし・・・。
どうもそのまま触ると汚してしまいそうで、ケ芝は自分の服で手をゴシゴシと拭くと、そっとその髪を持ち上げた。
しっとりとしているがさらさらとした心地よい手触り、髪を持ち上げた事により真白な項が目に飛び込んできた。
自分では気付かなかっただけで実は疲れすぎていたのだろうか、自分よりひと回り以上も年上のしかもよりによって男性に
欲情するとは。・・・そういえば随分ご無沙汰・・
「ケ芝?どうした?」
「あ、いえ・・・」
は、早く切らないと変に思われる。ケ芝は劣情を悟られまいと急いで髪に刃を当て、ひこうとするが・・・・頭に映るのは先ほど
夕日を受けて美しく輝くこの白銀。
ー無理だ。こんなに綺麗なのに切り落とすなど。
「・・・切っては、くれないのか。」
寂しそうにそう呟く趙雲に心底悪いと思うが
「・・すみません、俺にはとても無理です」
「そうか・・・。」
あまりにも切ない声だったので思わず目をそらすと、目の前で趙雲が立ち上がったのが見えた。
「すまなかったね、邪魔をした。」
そう言って彼は出て行くのかと思ったが、
な、なんでだ!?俺の方をじっと見てるぞ!?
ケ芝はまた鼓動が上がるのを感じた。スッと彼の手が伸びてくる、思わず目を固く閉じた。
「これ・・・自分でやっているのか?」
彼の手が柔らかくケ芝の髪の三つ編みの一つを持ち上げた。
「え?・・あ、はい。」
「へぇー、綺麗なものだな。」
顔を上げると、趙雲が繁々と三つ編みを見つめていた。
「あの、切ることは出来ませんが、三つ編みに結いましょうか?」
「いいのか?」
趙雲は嬉しそうに目を開くと、じゃあさっそくやってくれと、事もあろうに椅子に股を開いて座るケ芝の足の間にちょこんと座った。
「わぁぁぁぁあああ!?ち、近すぎます趙将軍!!は、離れて!危険ですから」
「え、き、危険?結うのは何か刃物でも使うのか?」
い、いや危険なのはそうじゃなくて今の俺が・・・などと言えるわけも無く、ただ距離が欲しくてぶんぶんと首を縦に振った。
趙雲は驚きつつも先ほどのように前の床に座ってくれたので、ケ芝は深呼吸で自分を落ち着けると、再びその髪に手をかけたのだった。
「はい、結えましたよ将軍」
「ありがとう、ケ芝」
ありがとう・・・感謝の言葉が胸に染みて暖かい。汚い欲望渦巻く胸の内が浄化されていくようだ。
趙雲は嬉しそうに髪を持ち上げてみたり振り返ってみたりしていた。
「うん、これなら邪魔にならなくていいな。ケ芝、また結ってくれないだろうか?」
「俺でよければいつでも」
「ありがとう」
趙雲は礼をとり感謝を示すと足取り軽く武器庫から出て行った。
また結ってくれないだろうか。
俺でよければいつでも。
それは、また二人で会えるという事。しかもきっと頻繁に。
ケ芝は自然とにやける自分の顔に、異常だと思いつつも押さえられなかったのだった。
あとがき
趙将軍のあの綺麗な三つ編みはきっとオン君が結んでるよねって妄想でした。
だって若い頃はぼさぼさで後ろで1つに結ってるだけだったし、あれだけオン君三つ編みしてるんだから
きっとそうだ!と、いう妄想(二回目
多分今では趙将軍の髪を結う時は水で爪の間まで洗ってからに違いない。