平安の平安な一日

 

 

 

 

    何が腹立つって、将軍があんなにもあの男に懐いている事だ。
    何一つ俺には良さがわからないが将軍にとって唯一の義兄であり敬愛を捧げる人・・・敬愛だぁ?
    あの胡散臭いおっさんのどこに敬愛したんだ。本当意味が分からない。
    素晴らしい趙将軍の事はなんでも理解していたい俺だが、これだけは理解できない。
    何故兄と慕うのがあの男なんだ。桃園三兄弟や丞相のほうが数倍もマシじゃないのか?
    聞くと、あの人は綺麗に笑って形のいい唇が残酷な言葉を紡いだ。
    「ははっ、恐れ多いよ。それに私の義兄弟は平安兄上ただ一人・・・納得の行かない顔をしているな。
     ケ芝は兄上の事をまだよく知らないから、あの方は素晴らしいよ。−そうだ!使者に行く兄上の護衛に
     ついてはどうだろう?きっと兄上の素晴らしさがわかる。ケ芝、兄上を守ってくれるね?他の人に
     頼むよりずっと心強いんだ。−・・・そうか、引き受けてくれるか。よかった、ありがとう。」
    そう言って将軍は嬉しそうに微笑んだ。あぁ、なんと酷い人だ。俺の心なんか気付きもしないで
    そんな無慈悲な事を言う。俺としてはこのままあいつが帰ってこなければいいと思っているというのに!
    俺に貴方の頼みが断われるわけが無いのを知ってて言っているのか!?あぁ、もう・・!それでも愛しています、趙将軍・・・

 




        平安の平安な一日






     「えー!?俺の護衛だぁ?コイツが!?」
     心底嫌そうに顔を歪める平安に、それはこっちの台詞だと唸りをあげそうになる口を必死で閉じる。
     「はい、今日の曹嬰への使者に兄上はお一人で行かれると言っていたではないですか、そんな危険な事を
      させたくはありません、しかし兄上が本気なのはわかります。ならせめてケ芝を護衛につけてはいただけませんか?
      一度きりの私の我儘です・・どうか受け入れてくださいますよう兄上」
     頭を下げ必死にお願いする将軍の姿に俺は目頭に熱いものを感じた。こいつなんかに頭を下げないで欲しい。
     どうしてそんなにもこの男が大事なのだ・・どうしてその愛情を受けるのが俺ではないのか。
      平安は必死に頼む趙雲の姿にかなり狼狽して目を泳がせながらあーとかうーとか言っている。
     自分を守ってもらうのにこんなに困惑するだろうか、そんなに俺が嫌いなのか、それともやはりこいつが魏にー・・・
     「わかった。今日だけだからな」
     平安は溜息をつきながらしぶしぶと言った体で了承した。将軍ははその返答に心底安堵したように頬を緩ませて
     感謝の意を述べている。
     「ではケ芝、兄上を頼んだよ。」
     俺は頬がにやりと吊りあがるのを感じた。
     「−・・はい。」
     決めた。こいつが少しでも不穏な様子を見せるようであれば、将軍の害になる前に
     俺が、殺すー・・・。

      そう思えば気分がいい。それに平安が魏に使者に立つのはあの忌々しい曹嬰の鼻をへし折ってやるためだ。
     あの女、捕食者が獲物を甚振るように以前から蜀にちょくちょくちょっかいをかけていたが、それは主に趙将軍に
     関わる時だった。益州が欲しいなら劉禅に噛み付けばいいものをじわじわと趙雲を締め付けるように甚振っていた
     節がある。しかし趙将軍にかけるあの執着、中々止めを差さない態度・・・何か趙将軍に思うところがあるに違いない。
     そんな曹嬰の事が前々から気に入らなかった。
     「こんなことなら丞相に二虎強食の計を習っておくんだった。」
     「なんだ、何か言ったか?」
     「言ってねぇよ。オラさっさと行け」
     「んだよ本当ガラ悪ぃ奴だなお前は!」
     顔が楽しそうに暗い笑みになるのがやめられない。当然平安にも気付かれたが奴は緊張に度々後ろを振り返りながら
     こんな状況で楽しそうにしている俺を信じられない様子で顔を強張らせていた。そりゃこの顔になるのは仕方ないだろう
     もしかしたら常に目の前を五月蝿く飛んでいた蝿を駆逐できるのかもしれないんだからな。
      魏陣営につくと殺気だった兵士の中歩かされたが、武器を取り上げられなかっただけかなりマシだった。俺が青紅剣を
     持ちそいつらに眼をとばしながらぶらぶら歩いていくと、奥で曹嬰が不気味に口元を笑みに歪ませながら待っていた。
     「俺のー・・・いや、我等が将軍からの返礼だ。」
     そう言うが早いか、剣は魏兵に荒々しく奪われ曹嬰に渡された。その剣に尊崇する祖父の名を見て曹嬰は口元から
     笑みを消した。その様子に怖気づいている平安にさっさと言えとばかりに促すと、奴は腹をくくって一歩前へ進み出た。
     「我等が趙将軍はその昔ー・・曹操の剣を奪い保管していた。今日、その剣を孫である貴殿に返す。戦ってまた
      奪われぬよう用心されよ。」
     ー愉快だ!なんと呆れた奴だろう、本当に愉快だ!俺は今度こそ笑い声が押さえられなかった。おかしくてたまらない。
     このまぬけな男は俺が言えと用意した台詞を少し省略しているとはいえ本当に言いやがった。
      これはいくら密通していたとて祖父を堂々と兵の前で貶されたのだ。ここで黙っていては曹家の名折れだ。
     俺は久しぶりに腹が痛くなるほど笑い、隣の上手く愚弄してくれた阿呆な男を労うように肩を叩いた。
      激昂した兵たちが俺らを取り押さえようと剣を手に近づいてきたがそれより早く曹嬰が動いた。青紅剣を抜いて
     突進してきたのだ。もちろん平安を守る気はさらさら無い俺は差し出すように平安を掴み曹嬰へと差し出す。
     平安は驚愕した顔で俺に批難の表情を向けるがさぁやってくれとばかりに俺は曹嬰を見ていた。−・・が
     「使者は傷つけぬのが戦の掟。」
     曹嬰はそう呟くと平安に突きつけていた剣を横に払い平安の持っていた馬印を手元のところで切り落とした。
     平安は恐怖に顔を引きつらせていたが、俺はなんだこれだけかと軽く落胆しながら趙将軍の馬印を見つめた。
      つまらないと思う反面、益々きな臭い。必要とあらばあっさり味方も切り捨てるような女が今更使者だからと放置
     するだろうか?戦では使者は不興を買いよく殺される、祖父である曹操はよく使者を切り捨て誰も魏の使者に
     発ちたがらなかったと聞いていた。しかしまぁ、平安が本当に裏切っているならそのそぶりがあればいつでも
     殺せる。
      ならばもうこんな所に用は無い。冷や汗を流して動けずにいる平安をつついて歩かせると、俺は少し振り返って
     曹嬰を睨みつけた。言外になんで殺さなかったんだと苛立ちも込めて。
      すると曹嬰から帰ってきた瞳は「そっちこそ!」と批難にまみれていた。・・・え?なんでだ、平安を味方に引き込んでた
     とばかり思っていたが、もしや感が外れていたのだろうか。俺は釈然としないながらも落ちた将軍の馬印を拾い
     将軍の元へと戻ったのだった。

 

 

 

 

     *あとがき*

      どこが平安 なんだと思うでしょうけども、考えても見てくださいよ、あんなに敵いたのに無傷ですよ平安!(紛らわしいな
     ケ芝と曹嬰に睨まれて死なない男はこいつくらいじゃないでしょうかね。ラ・ヘイアン最強伝説の幕開けですね(ナニソレ
     それにしてもケ芝ちょっと性格黒くしすぎたかな・・。

 

 

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