甘栗。

 

 

 

 

      甘栗。


     ケ芝は馬上で揺られながら、最近冷たくなった風を感じ速度を緩めるべく手綱を軽く引いた。
    どうせすぐ目の前は成都城下である、馬で走っては危険である。愛馬の首筋を叩き労いながらゆっくりと駒を進め
    礼をとる門番達に手を上げて通る。気持ちは急くが帰り道すら楽しい。何故ならばケ芝はこの二週間ほど漢中へと
    使いに行っていたのだ。やっと戻ってくる事が出来、2週間ぶりに愛しい銀髪の人に会えるのだ。その事を思うだけで
    自然と口角が上がってくるのだから幸せな奴である。
     最近寒くなってきたが将軍は風邪を召されていないだろうか?自分の帰還を少しは喜んでくれるだろうか?
    そわそわしながら進んでいると、足元から豪快な声に呼び止められた。
    「ちょいとお兄さん、いい格好してるけどお役人かい?どうだうちの甘栗買っていかないか、焼き立てで美味いよー!
     ほくほくでほんのり甘くて香りもいい。これがあれば妻も喜び商談相手だって思わずにっこり。一つどうかね」
    やたら嬉しそうに熱々の甘栗の入った籠を差し出してくる店主だが、ケ芝の頭の中は漢中派遣前の出来事が再生
    されており話は半分も聞いていなかった。
     甘栗・・・そう、忘れもしない二週間と五日前。己の気持ちが聞けずはぐらかすように差し出した甘栗。
    それを嬉しそうに美味そうに口一杯頬張る将軍・・・あの綺麗な白い手に乗り切らず最後には自ら口を開けて
    「あーん」
    と幼子のように無防備な仕草で大量出血させられたあの日・・・。今思えばもったいない事をした、あんなに可愛らしかった
    のだからもっとよく見ておけばよかった。絵心はないがそれでも絵に残しておきたいくらい悩殺されたあの、無防備な姿
    ・・・・もう一度みたい。
    「親父」
    「はい!」
    「一袋幾らだ?」
    「毎度あり!一袋五元ぽっきりです」
    「十・・・いや、二十袋くれ。」
    「・・・は?あ、はい只今!」
    店主は一瞬ぽかんとしたがすぐに大袋に詰め始めた。
    これでお土産が出来会う口実も出来たし二人になる機会も作れる。ケ芝は頬が緩んで仕方がなかった。

    「・・・・何やってんだアイツ」
    張苞は廊下の先で蹲っている関興を見つけた。
    関わらないでおこうと踵を返したが、おじ上の執務室の前だったのを思い出しちらりと振り返った。
    「関興?」
    どうやら蹲っているのではなく覗き見ているようだ。声をかけても全くの無視。一体何だと近づいてみれば
    なにやら中からパキパキと音が聞こえる。
    「・・?」
    ひょい、と覗いてみれば、そこにはひたすら甘栗を剥き続けるケ芝と、それを美味そうに口一杯頬張るおじがいた。

    その頃ケ芝はと言うと、趙雲が中々食べる速度が速く少し焦っていた。
    おかしいな、この前と違うぞと思いながらも久しぶりに見る趙雲の姿に胸は高鳴っているのでこれはこれで幸せなのであった。